バストに対する悩みへの悩み

バストの悩み、という単語や話題を耳にする度、”悩み”に対して”悩んで”いる。

ヘテロかつストレートの女性本人が”女性性らしい体”にそれ肉体美を感じ、また好きな洋服ブランドを着こなしたい!というポジティブなものであった、と仮定する。

・バストサイズが足らず、不恰好
・バストが大きすぎて、着られない

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どちらも、バストアップサプリや補正下着のセールスの仕方、またバストアップのトレーニングについて、非常に日本的なネガティブさ感じる。
小さければ、「足りていない」と、そのバストサイズが生育環境や、生来のものであっても「”普通の女性”に”欠けている部分”をお埋めいたします」と言わんばかりの売り文句。
大きい胸の女性は得てして洋服の選択肢が少なく、男女問わずセクハラやルッキズムにズブズブの人からの攻撃に似合いやすい。

しかし、バストというプライベートゾーンに対して、自意識ではなく、日本は他人の目が向きすぎているように感じることが多い。まず、悩むには他人と比べるところから始まる。
どれ程本人が無関心で、バストの諸々が人生に対して影響を一切与えないものだと認識していようが、家父長制度が連綿と続く日本では嫌が応にも意識せざるを得ない。

理想の形、寄せて上げる、ふんわり盛れブラ、etc…
ファッションアイコンの彼女のような”理想の形に”、”ふんわりと”生まれついたように”盛り”たい。でもサイズも柔らかさも筋肉量も違う。”寄せる”ことはできても、ボディメイクの世界に一歩でも足を踏み入れればあれもこれもと理想が”上がる”。際限がない。
それを楽しく追及し、ライフワークにまで昇華できるのならなんら問題はない。

ただ平均的な胸の私は、バストに関し、腐心し悩み、(バカにされて見返したい、などというネガティブなモチベーションからくる)創意工夫などを見ていると、見えない何か大きなプレッシャーに、度々胸を潰されそうになる。いや実際に精神的にはなんども目の当たりにし、心折れてきた。

最近はまだマシになってきており、小ささを補填したい人がパッドを入れる代わりに、私は新しい価値観をインプットする。
大きくて見世物になってしまう女性には、それを覆い自身になり得るような知識を身につけていけたらと、勉強している最中である。

自分の体を”好き”と受け入れ、個人の体をありのまま愛すことが「負け犬」と称されないような世の中にしていきたい。